先日、稲盛和夫氏を塾長とする「盛和会」の公開市民フォーラムに参加しました。
稲盛氏と言えば、京セラ、KDDIの生みの親。
最近では経営破綻寸前のJALを再建した功績が記憶に新しいかと思います:airplane:
そうそうお目にかかれない伝説的な経営者の講演を体験できるまたとない機会にワクワクし、先着順(2,700名限定)のホールチケットを求めて開場40分ほど前から並びました。
アナウンスによると、7:00から順番待ちをされていた熱心な方も居たそうです
無事にチケットを入手し、親戚宅でランチをいただきました。
手作りフレンチに感激です:fork_and_knife:
そして、手厚いおもてなしに感謝!!
さてさて、ここからが本番です。
念願の稲森氏の登場に場内の空気が熱くなるのを感じました。
今までに参加したフォーラムとは拍手の密度がまるで違います:clap:
ご自身の生き方の参考になった書籍「陰隲録(いんしつろく)」の物語や人生哲学を交えて
JALの再建への取り組みを分かりやすく語ってくださいました。

難解な言い回しや専門用語もなく、一般人の僕でも安心して耳を傾けられました。
聞き手への配慮、痛み入ります。
お話の内容を端的にお裾分けすると、
・人生とは、運命の横糸と因果の縦糸で紡がれた布のようなもの
・人生の目的とは、利他の行動を以って心を磨くこと
・心を磨くために善いことを思い、善いことをする
あらかじめ決まっている運命は、絶対的なものではなく
心の在り方や行いによって良くも悪くも変化するものだそうです。
このお話を耳にした時に思い浮かんだのが
古代ローマの詩人ユウェナリスの言葉でした:book:
彼の有名な言葉は「健全な魂は健全な肉体に宿る」ですが、
この言葉自体は全くの間違いで
正しくは「健全な魂は健全な肉体に宿れかし」です:bulb:
詳しい意味は以下Wikipediaの『風刺詩集』第10編の引用にある通り
強健な身体に健全な魂があるよう願うべきなのだ。
勇敢な精神を求めよ。死の恐怖を乗り越え、
天命は自然の祝福の内にあると心得て、
いかなる苦しみをも耐え忍び、
立腹を知らず、何も渇望せず、
そして、ヘラクレスに課せられた12の野蛮な試練を、
サルダナパール王の贅沢や祝宴や財産より良いと思える精神を。私は、あなたたちが自ら得られることを示そう。
必ずや善い行いによって平穏な人生への道が開けるということを。
健全な魂は健全な肉体に宿る訳ではありません。
望まずして問題を抱えた肉体に健全な魂が宿らない訳でもありません。
だからこそ、ユウェナリスは「そうあるように強い心を以って善い行いをしましょう」と語っているのです。
心は身体ではなく日々の行いによって磨かれます。
そして行いの根源となる想いもまた健全でなくてはなりません。
ユウェナリスの言葉が歪められ「体を鍛えることは心を鍛える」という根強い風潮やいわゆる根性論の拠り所となっていることに異を唱えさせてもらいました。
後世に残した先人の想いを本来の姿に戻し、正しく伝える―この投稿でできる善いことを早速実践してみましたが、いかがでしょうか。
この日の学びの機会をいただいたことへの感謝で締めくくりたいと思います:mortar_board:

